トレーナー留学 川口 寛人君

2009年 マーセッドカレッジ入学

2011年 マーセッドカレッジ卒業、サンディエゴ州立大学へ編入

2013年4月 トレーナープログラムを修了、NATA認定ATC資格受験

2013年5月 サンディエゴ州立大学を卒業

 

川口君はマーセッドカレッジ在学中学生トレーナーとして勉学とトレーナー活動の両立を図り、優秀な成績にてサンディエゴ州立大学(SDSU)のトレーナープログラムへ編入しました。真面目な態度と高いトレーナー能力を認められ、学校では最優秀トレーナー賞に輝き、NFLチームSan Diego Chargersの特別インターンとして受け入れられるなど素晴らしい成績を修め、先日無事プログラムを修了しました。4月末にはNATA認定 ATC資格を受験。現在結果を待ちながら緊張しているところです。5月中旬には卒業式を控えている川口君。4年間の留学生活を振り返り、今の心境を聞かせてくれました。

 


アスレチックトレーナーとの出会い。

 

僕がトレーナーを目指したきっかけとなったのは、小学生の時にプロ野球のキャンプを見に行ったことです。その時にいたトレーナーさんが選手と一緒にリハビリしているのを見てトレーナーという仕事の存在を知りました。その後、中学生になって進路を考え始めた時にトレーナーを目指すことを決意しました。

 

高校卒業後に専門学校でトレーナーの授業を受けていました。佐賀大学のアメフト部の試合のサポートやソフトバンクのキャンプに1か月間参加などの実習も経験し、日本でパーソナルトレーナーの資格を取得しました。

その後NATA認定ATCの資格取得を目指し、留学を決意しました。

 

 

 

いよいよ留学生活がスタート。

 

まず入学したマーセッド大学では、一般教養課程を中心に、トレーニング系の授業も取っていました。他には、授業とは別にボランティアでトレーナールームに通ってトレーナーの仕事の見学や、試合のサポート、リハビリの手伝い、トリートメントなどをしていました。 

 

マーセッドのヘッドトレーナー(当時)のオービーさんはとても良いトレーナーで、マーセッド時代は実習でとてもお世話になりました。人柄などとても尊敬します。アスレチックトレーニングを専攻する場合、4年制大学に編入した後に取らなければならない授業がたくさんあるので、短大時代からきちんと計画性をもって取るべき授業を取ってしまった方が良いです。

 

 

短大を卒業後、四年制大学へ。

 

マー セッドで約2年間を過ごし、2011年の秋学期にサンディエゴ州立大学(SDSU)へ編入しました。8月中旬ころの編入予定だったのですが、大学側から合 格通知がきたのは3月始めくらい、その後学部専用の面接を受けて、4月上旬くらいにプログラム参加の許可の通知がありました。とても緊張しましたが、通知 がきたときはとても嬉しかったです。

 

編入後最初の実習場所はSDSU。授業が始まる前の8月始めからすでに実習は始まっていました。アメフト部担当になり、大学の規模や施設の充実度、選手のレ ベルなど、短期大学時代とはだいぶ違い、より責任を感じました。アメフト部での実習は2011年度の秋学期が終わるまで続きました。

 

春 学期からは女子ラクロス部担当になり、選手の体格やスポーツそのものが、それまで担当してきたアメフトとはだいぶ違ったので少し戸惑いました。この時、選 手が怪我をした瞬間から手術、リハビリと、初めてすべてのプロセスを通して見ることになり、授業で学んできたことを実際に経験できてとても勉強になりまし た。
春学期が終わってから、夏休みは6単位分の授業を取りながらチャージャーズでの実習をしました。毎日実習先、クラス、図書館と忙しかったですが、とても充実した夏休みとなりました。

 

2012 年の秋学期と2013年の春学期は1年を通してグロスモントコミュニティカレッジで実習をしました。グロスモントカレッジは規模が小さいため、ほとんど全 てのスポーツを担当することになり、様々な経験をすることができたので良かったです。担当したのは男女のクロスカントリー、フットボール、バスケ、バ レー、ソフト、水泳などでした。

 


先日の卒業式にて。
先日の卒業式にて。

そして、ついにNATA公認ATC試験を受験。

 

先日にはこれまでの自分の経験全てを掛け、NATA試験を受験しました。

とても難しかったです。今まで大学で学んできたことはもちろんですが、個人でも勉強する必要がありました。試験を受ける時はとても緊張しました。

 

(5月末頃結果発表予定。)

 

 

終盤に差し掛かっているアメリカ生活。これまでの四年間を振り返って。

 

ア メリカでの留学生活4年間の間に、プロ、大学1部リーグ、コミュニティカレッジなど、いろんな規模でいろんなスポーツ、いろんなレベルの選手を担当して、 とても良い経験となりました。トレーナールームの規模だったり施設だったりが変わってきて、トレーナーとして手伝える範囲が変わったのがとても印象に残っ ています。そういった意味で、同じトレーナー活動でもやれることが場面場面で変わってくるということがとても勉強になりました。

 

留 学を通して、一番の壁となったのは英語でのコミュニケーションでした。私生活でもそうですが、実習中に、トレーニングルームに他の実習生がいたりすると、 選手は言葉の壁がなく話しやすいので、どうしてもアメリカ人の実習生の方に話したがります。その状態でいかにして信頼関係を築くかが課題でした。技術で見 せるしかないと思ったので、毎日地道な努力が必要でした。


 

今後の目標。

 

将来の目標としては、日本のプロ野球のトレーナーになりたいと思っています。

選手と良い関係を築きながら、怪我などの全面サポートをして、選手と共に頑張ることができるトレーナーになりたいです。

 

これからトレーナーを目指す後輩たちへのアドバイス。

 

「勉強は難しいし、実習も忙しくて、自由時間はほとんどないけれど、選手と一緒にトレーニングしたり、リハビリした選手がプレー復帰して活躍する姿を見るのはすごく嬉しくて、そんなことも忘れてしまうくらいです。だから、どんなにつらくても、頑張ってください!」