失敗談

私の大きな失敗、反省、感謝を実感したの時の事を告白します。
 
正道会館入門当初、適当に稽古しても技を覚えるのが少し早くて、少し石井館長に眼をかけて頂いて、
 
調子にのっていた時期があります。
 
しかし、その頃、練習では強くてもなかなか本番の大会では良い成績を残す事ができませんでした。
 
それもそのはず、当時の練習内容、質などは今にして思えば笑止千万でした。
 
いかにフザケタ内容だったか、中途半端だったかと言う事です・・
 
最大の汚点は20歳の時の昇段審査の日の寝坊です・・
 
館長と大先輩方を待たせる寝坊ですので、殺されると思いました。
 
逃げれるところがあれば逃げたかったです。
 
居並ぶ、大先輩と館長の前で必死に寝坊をウソでごまかそうとしました。
 
そんなウソでごまかし通せるはずがないです。
 
しかし、意外に怒鳴られたりする事もなく、館長の目にも炎が見えないし、
 
寛大に許してもらえるのではないか?・と審査が始まる前までは少し、胸を撫で下ろしていました。
 
・・・お分かりだと思います。
 
上下関係、礼儀の厳しい武道の世界です。
 
私が勘違いした大先輩達の寛大さは時間がもったいなかっただけなので、詰問を省いていただけでした。
 
当時の黒帯の審査はそうそうたる現役の全日本選手の新人から中堅クラスまでが茶帯に胸を貸し、10人連続での
 
組手です。
 
ただでさえ実力差のある全日本メンバー相手に10人連続で戦うわけですから、
 
勝敗などではなくどれだけタフかを証明する審査のようでした。
 
3人目くらいまでは倒されずに耐えきれました。
 
4人目で左ハイキックをまともにアゴにくらってダウンです。
 
・・・記憶がぶっ飛びました・・
 
多分、本能だけで立ち上がって組手を実行していたのだと思います。
 
記憶がないまま、10人相手に最後まで立っていたそうです・・
 
その証拠が手にした黒帯でした。 
 
今でも審査の雰囲気と3人目までの組手は少し覚えていますが、その後の記憶はないままです。
 
真剣味が足りなかった自分への先輩方から頂いた、愛のムチならぬ、パンチと蹴りでした。
 
黒帯を取る前の新人戦で入賞し、全日本選手権の出場枠を貰っていた自分はあきらかに
 
”いい気”になっていました。
 
その後、期待された割には結果が残せずに結局、全日本は一回戦本戦負け、
 
その後の大会でも勝てない日々が続きました。
 
ある日、田前先輩(現空手塾代表)と言う方から大会終了後に声をかけられました。
 
新しくオープンした支部が私のアパートから近いので、練習に来い、鍛えてやると・・
 
この出逢いが私の人生の一つの大きな岐路になったと今では思っています。
 
私より確か3学年上の田前先輩は全日本で活躍する中堅クラスの実力者。
 
その上に学生でありながら、正道会館の支部道場5箇所くらいを掛け持ちで指導に回る人でした。
 
しかも指導に周るのはボランティアで正道会館の為に働いていたのです。
  
田前先輩は当時、22~23歳の若者だったにも関わらず、
 
何故そんなに空手の指導が出来て空手ばかりやってるのか?」と言う私の問いに
 
「価値観の問題だけや」と言う答えが返ってきました。
 
当時の私には全く理解できない返答でした。
 
そんな先輩だったので、佐竹雅昭先輩、角田信明先輩など当時名だたる諸先輩方も、そして石井館長も田前先輩
 
だけは一目置いていたと記憶しています。
 
 私にとっては同じ道場責任者としての先輩後輩の関係もあったので
 
人一倍、先輩の目を気にしていましたが、、
 
正直に言うと有名な先輩方にたいして心底リスペクトは無かったと思います。
 
大会前に街で数人と喧嘩して鉄パイプで殴られて病院送りになりました。
 
次の日の大会は頭に包帯まいて、試合する前に試合が終わっているような状態でした。
 
それでも入賞して、ハンデを克服してよくやったと言ってくれる人がたくさんいたのですが、
 
田前先輩だけは覚めた目で私を見つめていました。
 
大会終了後挨拶した時に、「山内君は間違っている。」ときっぱり言い捨てられました。
 
フルコンタクの空手の大会前に繁華街をうろちょろしている姿勢が間違っている。
 
真剣さがたらない。試合を舐めるな」と厳しい言葉で戒められました・・
 
何年も経って振り返ってみるとあの時の先輩の言葉はまさに正論であり、
 
いかに自分自身自覚が足らなかったかと、恥ずかしいばかりです。
 
この先輩との出逢いや、影響は今の自分の性格を形成するうえで大きな比重を与えてくれたくれたことに間違い
 
はありません。
 
今は交流はないですが、25年前の説教が身に沁みてわかるようになりました。
 
逆に考えてみれば、
 
22~23歳の若者の時にそう言う考えで行動していた先輩に対して畏敬の念がこみ上げてきます。
 
今、この歳になって、
 
あの、
 
”調子にのっていた時期”
           
”いい気になっていた時期”
 
”中途半端な言動”の事を思い浮かべると、
 
恥ずかしい、失敗と反省で顔を覆いたくなります・・
 
そして、自分を鍛えてくれた先生、先輩方への感謝の気持ちが年を追うことに大きなってきていると認識してい
 
ます。
 
この頃の失敗と反省は自分を戒めて生きて行くための教訓としています。
 
 
”調子こいてないか?”
 
”いい気になってないか?”
 
”中途半間でないか?”
 
”人のせいにしてないか?”