ならぬものはならぬ

とても残念な結果となった事がありました。

 

こんな私でも決断する時は「本当の優しとは?」とガラにも無く考えます。

 

若い時には沢山、失敗して頭を打って学べばいいと思います。

 

私は子供の頃は良く先生に殴られました。

 

子供と言っても高校卒業までよく叱られて、殴られましたが、

 

悪事がばれた時なので、

 

どんなに嘘で言い訳しても隠し通せるものは無いと学びました。

 

腹を括る事を学びました。

 

自分でも怒られる事には納得していたので、

 

真剣に怒っている先生の気持ちに対して何処かで気持ちが繋がっていたのだと思います。

 

犯した過ちに対しては責任を取るのが人の道理だと、、

 

私の会社は教育現場で生徒を相手にする事が目的ではありませんが、

 

教育現場で生徒を指導出来る指導者、リーダーの育成環境を提供したいと思っています。

 

何だか矛盾した事を言ってるようですが、

 

現場で生徒に接する人間と、

 

システム、組織マネージメントの取り仕切りでは部署が違うと思っています。

 

現場では限られた人間と、接する時間の限界がありますが、

 

根元となるリーダーが沢山生まれてくれれば、

 

より多くの子供達への教育チャンスが増すと思っています。

 

世間の酸いも甘いも経験した大人が若者に教える事は尽きません。

 

「ならぬものはならぬ」

 

「犯した過ちは潔く責任を取る」

 

日本は高度成長、バブル期を経て

 

平和ボケ社会の中で「ゆとり教育」などと言う愚策で若者と親になる大人を潰してしまったのでしょうか?

 

取り違えた人権の旗を振りかざして、モンスターピアレンツなどと言う歯車の狂った親を生み出したのでしょうか?

 

私は恨まれてでも、子供が犯した過ちは責任を取らせる信念を持ち続けて行きたいと思っています。

 

大人になってから犯す過ちの方が致命的なケースが多いのは間違いないのですから...

 

そこで本当に潰れて立ち直れなかったら?

 

いや、

 

悪い事は悪い、

 

間違っている事は間違っている。

 

ならぬものはならぬのです。

 

乗り越えて、生命力の強い人間になって人生を歩んで欲しいです。

 

今でも失敗だらけのいい歳した私でもいつでも立ち上がれると思って行動しています。

 

何度倒されても、立ち上がり続ければ必ず、チャンスを掴む事ができます。